「おいで、アラスカ!」の表紙(アンナ・ウォルツ/作、野坂悦子/訳、フレーベル館)
「おいで、アラスカ!」の表紙(アンナ・ウォルツ/作、野坂悦子/訳、フレーベル館)

 「起こってしまった。どうしようもない。」

 「いまからぼくは、『一年B組にいる、あのかわいそうな男の子』になるんだ。」

 てんかんのある少年スフェンと介助犬アラスカ、元飼い主でスフェンのクラスメート・パーケルが主人公の物語です。スフェンは新学期、てんかんのある「あのかわいそうな男の子」ではなく、周囲をあっと言わせて印象付けたいと考えます。しかし、何もできず、てんかん発作が出て、奇妙な子と認識されます。

 「「伝染はしないよ。それに発作がないときは、ぜんぜん、みんなと変わらない。まったくおんなじだ」と、ぼくは大声でいう。でも、みんなぼくの顔を見て、だれもその言葉を信じていないのがわかった。そりゃそうさ、ぼく自身、信じていないもの」

 「これが、ぼくの人生。ぼくには介助犬がいて、寝室は一階にあって、手首にはSOS用のバンド、薬箱とプロテクターがかかせない。ぼくはスフェンで、てんかんとは切っても切れない縁なんだ。」

 てんかんは、てんかん発作を繰り返し起こす状態です。脳の神経細胞の異常な電気活動によって引き起こされる発作で、手足がしびれたり、意識を失ったり、さまざまな症状が出ます。

 突然けいれんを起こして倒れることもあるので、怖い病気、治らない病気という偏見や誤った理解もまだまだあります。てんかんのある人は100人に1人とされ、そのうち7割ぐらいが、適切な服薬によって発作をコントロールでき、病気とうまく付き合って生活をしています。

 てんかん当事者の自己理解を促し、病気と付き合いながらも「できた」という体験から自己肯定感を高めていくことに加え、てんかんに対する社会の正しい認識の広がりが不可欠です。

 本作は長編の物語で、スフェンとパーケルが新学期から2週間の出来事を交互に語り、その間をアラスカがつなぎます。てんかんだけでなく、思春期特有の友達付き合いやいじめ、スマートフォンの使い方、情報モラルなども扱い、それらが社会の認識や本人の自己肯定感にも作用します。

 物語の舞台のオランダはてんかんの人向けの介助犬がいますが、病気の説明や発作への対応に日本と大きな違いはありません。SOSバンドはヘルプマークを想像するとよいでしょう。

 スフェンのような人にどう接しますか? 本書は、知ることで理解や世界が変わると伝えています。てんかんに限らず、目に見えない障害や病気を抱える人は周囲の理解の有無で、日常が大きく変わります。誰もが安心して過ごせる社会を考えるきっかけになれば、うれしいです。

 

 みずうち・とよかず  岡山市出身。3児の父。島根県立大人間文化学部臨床発達心理学研究室准教授、公認心理師。発達障害の子どもや家族の相談支援、乳幼児健診の心理相談員、ダウン症、自閉スペクトラム症などの当事者と家族団体の支援などに長く従事する。現在松江市を中心とした障害や病気のある若者当事者グループ「オロチぼたんの会」の活動を監修。著書に「身近なコトから理解する インクルーシブ社会の障害学入門ー出雲神話からSDGsまでー」。