随意契約で放出された政府備蓄米を買い求める来店客=12日、出雲市稲岡町のマックスバリュ川跡店
随意契約で放出された政府備蓄米を買い求める来店客=12日、出雲市稲岡町のマックスバリュ川跡店

 名探偵シャーロック・ホームズの最後の仕事はドイツ人スパイの捕縛だった。第1次世界大戦前、英政府にスパイ組織の壊滅を頼まれた。

 物語では引退していたホームズだったが、逆スパイとなり、目星を付けた男に違和感なく接近。本物っぽい情報を流し続けて信用を得た。全く怪しまれなかったのは、ホームズが完璧にアイルランド系米国人を装ったから。男は献身的に協力する動機を「彼はアイルランド系だから反英主義者」と早合点したのが甘かった。

 歴史を知っていると逆に陥りやすい思い込みだ。英国支配下にあったアイルランドは1840年代のジャガイモ飢饉(ききん)で主食を失い、小麦は英国が容赦なく接収した。100万人が餓死、病死し「ここでは生きられない」と移民が大挙、渡米した。反英感情の根源に食の恨みがある。だから怖くて根深い。

 「古古古米はニワトリさんが一番食べている」「あと1年たったら動物の餌になるようなもの」。令和のコメ騒動のさなか、政治家の気になる発言が相次ぐ。内容の問題でなく本能的に心がうずく。

 最近出回るようになった随意契約の政府備蓄米(2022年産)を食べた。ご飯には少し“コメのにおい”が残り、山村にある祖父母が暮らした家の米蔵を思い出した。あのにおいを臭いと言われたら不快だ。どんなコメでも、ありつければ助かった命がある。農政を問う前に感謝の心を忘れたくない。(板)