1958年3月。夜行列車「出雲」から松江駅のホームに一人の男性が降り立った。小柄だが筋骨隆々。けがで辞退したとはいえ、五輪候補の実力を備え、選手を育成した。県内に指導者を送り出し、低迷していた島根県の体操界を立て直していく▼島根大名誉教授の渡辺悦男さんが今月2日、亡くなった。85歳だった。愛知県出身で、東京教育大(現筑波大)を卒業して島根大に赴任した。60年のローマ五輪金メダリストの竹本正男選手らを輩出した旧制浜田中、浜田高を中心とした浜田勢が衰退していく中、島根大体操部を中心に島根の体操を担っていく▼渡辺さんがまず手掛けたのが練習環境の整備。グラウンドの片隅に穴を掘り、おがくずを厚く敷き詰めて鉄棒のピットにしたり、ミルクの空き缶にコンクリートを詰めてダンベルやバーベルを作ったりした▼島根大体操部には伝説の合宿がある。渡辺さんが赴任直後から、現在の松江第一中学校(松江市外中原町)の場所にあったおんぼろの教育学部棟に泊まり込み、1週間連続の合宿を年間10回もこなした。79年の全日本学生2部で優勝。体育学部のない地方国立大学として初めて1部入りし、関係者を驚かせた▼82年のくにびき国体では総合優勝した。2030年に島根で開催予定の国民スポーツ大会はどうだろう。続く指導者が出てきているのか。島根体操界の動きを渡辺さんが見守っている。(富)