24日付本紙くらし面に載った松江市出身、米国在住の映画ジャーナリストはせがわいずみさんの寄稿記事を読んで、慌てて映画を見に行った。濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』。昨年から話題になっていたが、コロナ禍やロシアのウクライナ侵攻に気を取られて見そびれていた▼その作品が昨日、米アカデミー賞の国際長編映画賞に選ばれた。日本映画で初めてノミネートされた作品賞や脚色賞、それに監督賞は逃したものの、『おくりびと』(滝田洋二郎監督)以来13年ぶりの受賞になる▼原作は、ここ何年もノーベル文学賞の有力候補に名前が挙がる村上春樹さんの小説。脚本家である妻が秘密を残したまま他界し、喪失感を抱える舞台俳優で演出家の主人公が、演劇祭の演出のため愛車で向かった広島で、専属運転手の寡黙な女性と出会い、物語が展開していく。主演は俳優の西島秀俊さん▼映画では、劇中劇としてロシアの劇作家チェーホフの『ワーニャ伯父さん』が「多言語劇」の形で挿入してある。濱口監督は、はせがわさんのインタビューに対し、その意図を「重要なのは『多様性を受け止める覚悟』だと思います」と語っていた▼映画の終盤に繰り返された、不条理でも「生きていかなくちゃ」「生きていきましょう」の言葉は、コロナ禍で大切な人を失った人たちや、侵攻に苦しむウクライナの人々にも通じる思いに聞こえた。(己)