中学時代、社会の授業で日中国交正常化について解説した先生が「パンダももらって喜んだんですよ」と付け加え、珍しくウケたのを覚えている▼今年は正常化50年の節目ながら、日中関係が冷え、いい話が聞こえない。長く言われる「政冷経熱」ならまだしも、コロナ禍もあり経も芳しくない。明治維新後の帝国主義に起因すると考えると暗くなるし、現代中国の覇権主義的行動は脅威で陰鬱(いんうつ)になる▼いにしえの日本人も強い中国に気をもんだ。軍事侵攻された元寇(げんこう)に限らず、独立・対等性を示す元号制定や、国名を蔑称とされる倭(わ)から日本へ改め認めさせるのも度胸がいったろう。臣従しろと国書も届き、圧力を感じつつ海に守られしのいできた。日本にも問題はあり良好な時期を探す方が難しい▼現代で気がかりなのは、中国の英知が詰まり相互理解の基盤となってきた漢文の素養が、私たちに少ないことだ。江戸期は上流階級だけでなく庶民の間でも漢文学習が盛んで、浸透度と教養レベルは中国側が驚くほどだったらしいが、大正期以降は急速に衰退した。日中戦争の経緯とは無関係と断定するには疑問が残る▼それもあって改めての漢文である。不安な世で個々にできることは何もない。しかし学ぶ姿勢の結集がいつか無形の力になるかもしれない。「百戦危うからず」と相手を知る大切さを説いたのは、ほかならぬ中国の孫子の兵法だった。(板)













