大火を逃れたピアノの演奏に聴き入る児童たち=11月29日、島根県奥出雲町三成の三成小学校
大火を逃れたピアノの演奏に聴き入る児童たち=11月29日、島根県奥出雲町三成の三成小学校

 一昨日、島根県奥出雲町立三成小学校であったコンサート。鍵盤の上を指が流れるように動き始めると、塗装が少し剥げ落ちたグランドピアノが生き生きと曲を奏でだした▼三成小の古いピアノには町民が命をかけて守った歴史がある。同小が建つ三成地区は1945年4月18日、大火に襲われた。翌日の本紙の前身「島根新聞」は「折からの風に煽(あお)られて火勢は刻々と猛威を加え」「全町殆(ほとん)ど灰燼(かいじん)に帰する惧(おそ)れ」などと記す。火の手が校舎に迫る中、ピアノは女性教員らによって運び出され、脚柱を折りながらも高台へ移されたという▼以降、81年に世代交代するまで第一線で活躍。今回、古いピアノを演奏した雲南市在住のピアニスト板東沙耶香さんによると、現代のピアノより鍵盤が短いそう。「木の温かい音がする」のは大切にされてきた証左だ▼近隣にもエピソードが残るピアノがある。飯南町の来島交流センターのグランドピアノは、町出身で3年前に110歳で亡くなった音楽指導者・戸田繁子さんが生家で使っていたもの。雲南市吉田町の町生涯学習交流館には、第21代田部長右衛門氏が子どもたちの育成を願い吉田小学校に贈った「丸いピアノ」が保管される▼昭和、平成と時代を紡いで、令和のいまに美しい音色を響かせた三成小の「大火ピアノ」。歩んできた軌跡を思い浮かべ、じっと聞き入る児童の顔はどこか誇らしげだった。(目)