日本将棋連盟の新会長に就任し、あいさつする羽生善治九段=6月9日、東京都渋谷区
日本将棋連盟の新会長に就任し、あいさつする羽生善治九段=6月9日、東京都渋谷区

 <苦労したから将棋が強くなるとも思わない。将棋は将棋、苦労は苦労と切り離して考えています>。棋士の羽生善治九段が全盛期の1990年代半ばに語った言葉は、将棋界に限らず反響が大きかった。苦労や破天荒な生きざまも強さや魅力につながると思われた時代だったからだ。有名人の巨額の借金は勲章扱いでもあったし、豪遊も「芸の肥やし」と聞いた▼時代が過ぎ、今を時めく将棋の藤井聡太七冠や米大リーグの大谷翔平選手に破天荒な印象はなく、羽生語録を支持したい。回り回って平凡がつまらないとみなされたくない▼事件には前時代的なにおいがした。両親に対する自殺ほう助の罪で起訴された歌舞伎俳優市川猿之助被告である。スーパー歌舞伎を打ち立てた伯父の市川猿翁さんを尊敬する。その猿翁さんが影響を受けたのが、ともに歌舞伎俳優の祖父と父だったという▼2人は正反対なタイプ。祖父は仕事も私生活も芝居漬け、父は二つを切り分けた。猿翁さん自身は祖父を尊敬。父の技術は認めても華がないとし、原因を生きざまに求めた▼亡くなった猿之助被告の父・市川段四郎さんの舞台を何度か見た。安定感のある名優だった。父に向けた息子の視線はどうだったのか。多彩な生きざまがあり、正解はないが、羽生九段は「遊ぶことも将棋のプラスになる、といった考えは自分の甘えになる」と真意を語った。超一流は厳しい。(板)