米大リーグ、大谷翔平選手の口座から金を盗み不正送金した罪に問われた元通訳、水原一平被告の違法賭博事件が、米国でテレビドラマ化されるそうだ。「信頼と裏切り、富と名声のわなの物語に迫る」と関係者。反応の早さと仰々しさ、米テレビ界の商魂のたくましさに苦笑する▼日本だと、すぐにこうはなるまいが、同じたくましさは江戸の庶民文化に見て取れる。地元として不名誉な気もするが、歌舞伎で悪徳ヒーローの数寄屋坊主が松江藩の弱みにつけ込む演目がある。主人公の名の「河内山(こうちやま)」で親しまれる。初演は明治で、その前から講談で人気だった▼河内山は幕府に伝わればお家の存亡に関わると藩を脅し、殿様にさらわれた町娘を救出して大金もせしめる。殿様は松江松平藩9代藩主の松平斉貴(なりたけ)(1815~63年)がモデルとされる。遊蕩(ゆうとう)が問題になった人物だ。大名茶人と称される松平不昧(ふまい)は2代前で名君の誉れが高いだけに、余計に行跡の悪さが目立つ▼庶民には武家の醜聞は蜜の味で興味を引き、劇化はよくあった。強者へのねたみや報われぬ気持ちを、不良な主人公の痛快な立ち回りで晴らした▼富と名声の脇に心の闇が広がり、話のネタになるのは昔も今も同じ。だが、河内山が藩屋敷で「ばかめ」とののしり、悠然と引き揚げる幕切れにすかっとするのは昔話だからこそ。ドラマの上での水原被告はさておき、悪事は時代劇に限る。(板)