作家の北方謙三さんが昨年、23年務めた直木賞の選考委員を退任した際の新聞インタビューで語っていた。「毎年新しい才能から10発くらいパンチを食らう。23年間打たれ続けてパンチドランカーになったかもしれない」▼ハードボイルド小説の旗手として、数々の名作を世に送り出してきた大御所も他者の才能を認めるのはつらかったらしい。「いいなと思う部分は全部自分が失ってる。みずみずしさとか、愚直さとか」。そういう才能に出くわすたびに「俺はうまさで勝負するんだと思うようになってしまった」と。道を究めた人にしか分からないある種の悔いだろうか▼輝く世界は違えど、こちらのレジェンドも考えたことは同じかもしれない。日本フットボールリーグ(JFL)のアトレチコ鈴鹿に復帰したサッカー元日本代表の三浦知良選手(57)が入団会見で「ベテランらしくないプレーをしたい」と意気込みを語った▼若かりし頃はドリブルで1対1を果敢に仕掛けた。それが年を重ね、求められたわけでもないのに周りを生かすプレーをするようになっていた。挑戦したポルトガルで気付かされたという。本人からすると年齢や老いに抗(あらが)うのとはまた違う、取り戻したい感覚なのだろう▼早ければあすのホーム戦に出場する。かつてのスピードやキレは失っても、泥くさく愚直にゴールに向かっていくキングの姿が見たい。もちろんカズダンスも。(史)