主人公の美術商・藤田玲司はダブルのスーツに身を包み、裏の世界を渡り歩く。経営するのは贋作(がんさく)専門の画廊。確かな審美眼と神業の修復技術を持つ一方で詐欺師のような顔ものぞかせる。漫画『ギャラリーフェイク』は真作と贋作が入り交じる虚々実々の美術界を描いた▼漫画のような出来事が現実となっている。徳島県立近代美術館が6720万円で購入した「自転車乗り」と、高知県立美術館が1800万円で購入した「少女と白鳥」に贋作の疑いが浮上している。いずれの油彩画も「天才贋作師」として知られるドイツのウォルフガング・ベルトラッキ氏の作品の可能性があるという▼同氏は実在する絵画のコピーは制作しない。作家の手紙や日記、学術研究を徹底的に調べ上げて、未発表作品として世に出す。絵画の技巧はもとより、資料が整えられており、百戦錬磨の専門家をして「作品に物語性がある。信じるに足る」と言わしめるほどの完成度という▼贋作づくりは決して許される行為ではないが、時には偽物が本物を超えて文化的な創造性を生み出すのだと考えさせられる▼個人的にはむしろ真作より贋作を見たいとの衝動が湧く。転んでもただでは起きないではないが、美術館は藤田玲司のようにギャラリーフェイクならぬ「ミュージアムフェイク」を企画するしたたかさがあってもいい。アートとは何かを見つめ直すきっかけにもなる。(玉)