進路を決めるときに「後悔したくない」と、漫画家の道に進んだ和乃アヤ子さん=米子市目久美町
進路を決めるときに「後悔したくない」と、漫画家の道に進んだ和乃アヤ子さん=米子市目久美町
パソコンで漫画を制作する和乃アヤ子さん。小中学生たちには「常に今の自分の心と向き合って」と望む
パソコンで漫画を制作する和乃アヤ子さん。小中学生たちには「常に今の自分の心と向き合って」と望む
進路を決めるときに「後悔したくない」と、漫画家の道に進んだ和乃アヤ子さん=米子市目久美町 パソコンで漫画を制作する和乃アヤ子さん。小中学生たちには「常に今の自分の心と向き合って」と望む

漫画家
 和乃(わの)アヤ子さん(米子市目久美町)

 2019年秋、漫(まん)画(が)「小(しょう)児(に)外(げ)科(か)のゆうか先生」という作品で念(ねん)願(がん)の漫画家デビューを果(は)たした安(やす)来(ぎ)市広(ひろ)瀬(せ)町出身の和(わ)乃(の)アヤ子さん(24)。仕事をテーマにしたヒューマンドラマを描(か)き続けたいと、米(よな)子(ご)市目(め)久(ぐ)美(み)町の仕事場で制(せい)作(さく)に打ち込(こ)んでいます。

 漫画家になるには、コンテストで入賞するか、出(しゅっ)版(ぱん)社(しゃ)に直(ちょく)接(せつ)売り込み編(へん)集(しゅう)者(しゃ)に認(みと)められるか、漫画家のアシスタントになって実力を高める方法などあります。

 小学生時代から漫画を描くことが好きだった和乃さんは、21歳(さい)の時にプロの漫画家になろうと決意。「25歳までにデビューするんだ」と目標を立て、独(どく)学(がく)で描いた作品をコンテストに応(おう)募(ぼ)したり、出版社に送ったりし続けました。

 そして、18年に同じコンテストに応募した2作品がそろって大賞を受賞。このうちの1作「小児外科-」がウェブ漫画で連(れん)載(さい)化され、出版社KA(カ)DO(ド)KA(カ)WA(ワ)から単(たん)行(こう)本(ぼん)になりました。

 10代のころは友人などからプロになるよう勧(すす)められても、自身でできない理由を探(さが)してばかり。しかし、「漫画家への挑(ちょう)戦(せん)をしなかったら後(こう)悔(かい)すると思った」そうです。コンテストへの応募にも「初めは落選することが恥(は)ずかしいと思っていたが、見えを捨(す)てました」と振(ふ)り返ります。

 今の仕事は、「小児外科-」の連載が中心。物(もの)語(がたり)の構(こう)成(せい)やせりふなどを考え、描いた絵を編集者の意見を交えて修(しゅう)正(せい)し、完成させます。取材で米子市内の鳥取大学医学部へ行くことも。

 漫画家になるには、「何よりも描くことが好き、という気持ちが一番大事」と和乃さん。「プロになる前は、メッセージ性(せい)のある、読者に自分の伝えたいことを表(ひょう)現(げん)したい思いが強くありました。今は読者に読みやすい、負(ふ)担(たん)なく読んでもらえる漫画を描くようになりました」。

 今後は「弁(べん)護(ご)士(し)の仕事を題材にしたものや日本の歴史を扱(あつか)ったものなど、いろいろな人間模(も)様(よう)を描きたい」と話しています。

 

★みなさんへ
 世の中にこういう働き方、仕事ができないとだめだとかの決まりはありません。自分がどういうことをしたいのか、どういうところで活(かつ)躍(やく)したいのか、自分の気持ちに正直になってほしいですね。今、進路が決まってなくてもいいんです。常(つね)に今の自分の心と向き合ってほしいと思います。