もう一生分は電車に乗った気がする。東京に赴任して4年。電車通勤に片道40分かかり、平日はほぼ毎日乗るので、換算すると、1カ月に1日以上は車中にいることになる▼主に使う地下鉄の東京メトロは都内を東西南北につなぐ重要な生活の足。新型コロナウイルスの感染拡大前は1日平均延べ約740万人が乗車し、感染が広がった2020年度も1日約500万人が利用した▼膨大な人が利用するため人間模様も垣間見える。大声でけんかするカップルの横では、ビニール袋で包んだ缶ビールをちびちび飲みながら漫画雑誌を楽しむ帰宅途中の会社員も。終電間際は顔を赤らめ大声でしゃべる人が一気に増え、混沌(こんとん)とする。まだマスクが必要ない頃だ▼コロナ禍の今は誰もがじっと口を閉じ、正直静かで快適だ。換気され地下鉄クラスター(感染者集団)も発生しないが、どこかピリピリしている。あるとき、男性がマスク越しにくしゃみをすると、対面の女性が血相を変えて大急ぎで別車両へ移動した。どちらにも悪気はないが世知辛い▼効果が乏しい緊急事態宣言の延長で、都内の緊迫感はさらに緩む。都知事は「人流を抑えて」と繰り返すが、移動せざるを得ない人は山ほどいる。ワクチン接種も感染の収束もまだまだ先だ。当分は静かで快適に通勤できるが、さまざまな「人」が一瞬だけ混じる、コロナ前のあの混沌とした空間が少し恋しい。(築)