川端康成の長編小説『名人』は、1938(昭和13)年にあった囲碁の本因坊秀哉の引退碁を描いている。秀哉は、タイトル戦で争う現在の「実力制」と違い、一度就けば死去するまでの「終身制」最後の名人だった。
小説で大竹七段として登場する木谷実と戦い、現在では常識の持ち時間制と封じ手制に困惑。病身もあり、わがままに映る要求で周囲を困らせた点も昔の人だった。そして負けた。
将棋界も同様で、終身制最後の関根金次郎に代わり、木村義雄が実力制初代名人に。現代の棋界は名人を含むタイトル戦が全盛だ。
毎年タイトル保持者と挑戦者で争う構図はプロボクシングのよう。一方で、リーグ戦やトーナメント戦で挑戦者を決める手法はスポーツ大会にも通じる。個々に対戦相手を探すボクシングがファイトマネーの多少や、自分が強すぎて避けられ、試合に至らないケースが散見されることを思えば、優秀な折衷型の仕組みといえる。ただし、男社会だったからこそ。
第1子を妊娠中の将棋の福間香奈女流五冠(32)=出雲市出身=が17日から来年2月まで休場中だ。本来は前後を含めて、この期間に防衛が懸かる三つのタイトル戦がある。不戦敗で勝敗が決着する事態を憂慮し休場明けに延期された対局もあるとはいえ、挑戦者は待たされることになる。折衷型ゆえ柔軟性に欠ける面も。整った仕組みにも真の完璧はないものだと痛感する。(板)