昨年12月23日、外務省がファイル26冊分の外交文書を一般公開した。1989年6月の中国の天安門事件や、中国を非難する政治宣言を採択した翌7月の先進国首脳会議(アルシュ・サミット)に関する内容が中心だった▼その中で90年11月、天皇陛下(現上皇さま)の「即位の礼」に参列した中国の呉学謙副首相が、陛下の訪中を直接要請した事実が明らかになった。事件の影響で対中世論は厳しく、当時のやりとりは「極秘」扱いだった▼中国の最高権力者である国家主席のメッセージを携えて来日した呉氏の名前は、竹下登元首相の回顧録『政治とは何か』(講談社)に登場する。本によると、2人の付き合いは昭和30年代前半の青年団時代にさかのぼり、中国共産党の若手エリートでつくる共産青年同盟の代表団として島根県を訪問し、交流した▼2人が後に、同時期に首相、副首相として外交上の重要なパートナーになることは、熾烈(しれつ)な権力闘争があった両国の政治史からして奇跡のような話ではある▼天安門事件の前日、竹下氏はいわゆるリクルート問題で首相の座を退いた。90年前後に天皇訪中の実現という困難な政治課題を背負った副首相が、旧知の元首相とどう向き合ったかは、表舞台にはなかなか出てこない。来年は日中国交正常化50年。軍事、経済大国として肥大化する中国と対峙(たいじ)する日本の関係を憂える身として、知りたいところだ。(万)