プロ野球でピークを過ぎた選手を次々と再ブレークさせた野村克也さんは「野村再生工場は諦めることから始まった」と振り返っていた。
はしりは選手兼任監督だった南海時代。速球へのこだわりが捨てられなかった2人の投手に打撃練習の捕手を命じた。すると、4番打者であっても厳しいコースに決まれば、緩い球を打ち損じる。普段と異なる捕手の立場で現実を認識させて「速球への思い」を諦めさせ、制球力で勝負するように仕向けた。そのシーズンで2人は合わせて27勝を挙げ、パリーグ優勝の立役者となった。著書『番狂わせの起こし方』から引いた。
間もなく大一番に挑む若武者にこのエピソードを届けたい。松江市出身でボクシングIBFライト級5位の三代大訓(ひろのり)選手である。日本時間15日にスポーツの殿堂・米マディソンスクエアガーデンで世界前哨戦に臨む。30歳の年齢を考えれば、競技人生を懸けた大勝負になるだろう。
相手は東京五輪王者の強豪で、がっぷり四つに組み合えばかなり分が悪い。何かを捨て、自分が得意とする闘いに引きずり込む戦略が必要になる。本人も十分に承知しているようで「今まで何度も下馬評を覆してきた。サプライズを起こす」と息巻く。
勝負事において諦めの感情はご法度とされてきたが、時に自分を変えるきっかけになる。果たして、ノムさんのように番狂わせを起こす諦め方ができるかどうか…。(玉)