観客を楽しませる沢田煌明君=島根県飯南町上赤名、上赤名会館
観客を楽しませる沢田煌明君=島根県飯南町上赤名、上赤名会館
無声映画に解説を入れる沢田煌明君(左奥)=島根県飯南町上赤名、上赤名会館
無声映画に解説を入れる沢田煌明君(左奥)=島根県飯南町上赤名、上赤名会館
観客を楽しませる沢田煌明君=島根県飯南町上赤名、上赤名会館 無声映画に解説を入れる沢田煌明君(左奥)=島根県飯南町上赤名、上赤名会館

無声映画に独自の解説
老若男女演じ分け「おもしろ おかしく」目標に

沢田(さわだ) 煌明(こうめい)君(飯南・来島小6年)

 無(む)声(せい)映(えい)画(が)に独(どく)自(じ)の語りで解(かい)説(せつ)を入れる「活動弁(べん)士(し)(活(かつ)弁(べん)士(し))」として活(かつ)躍(やく)する小学生が島根県飯(いい)南(なん)町にいます。町立来(き)島(じま)小学校6年の沢(さわ)田(だ)煌(こう)明(めい)君(12)です。沢田君は「四(し)幸(こう)」という芸名を名乗り、声一つで老(ろう)若(にゃく)男(なん)女(にょ)を演(えん)じ分け、大きな拍(はく)手(しゅ)をもらっています。

 昔、映画は映(えい)像(ぞう)だけで、人物の声や音は入っていませんでした。無声映画と呼(よ)ばれる理由です。そのため映像について、登場人物のせりふや場面の状(じょう)況(きょう)を説明する活弁士という人たちがいました。

 その一人に、飯南町出身の吉(よし)岡(おか)長(ちょう)太(た)郎(ろう)(1891~1964年)がいます。吉岡は大正から昭和初期にかけ、妻(つま)と一(いっ)緒(しょ)にフィルムや映写機を持って、県内を中心に無声映画を上映して歩いていたそうです。吉岡はたくさんのフィルムを残しており、町民有(ゆう)志(し)が「長太郎活動写真弁士保(ほ)存(ぞん)会(かい)」を立ち上げています。

 沢田君は、町内の文化や歴(れき)史(し)に触(ふ)れる授(じゅ)業(ぎょう)で吉岡について学び、4年生の時、授業で活弁に挑(ちょう)戦(せん)しました。この時の様子を見ていた保存会会長で赤(あか)名(な)公民館主事の景(かげ)山(やま)良(りょう)一(いち)さん(42)から声を掛(か)けられ、2019年6月に活弁士としてデビューします。沢田家4人のきょうだいの幸せを願う思いを込(こ)め「四幸」を芸名に決めました。

 今年8月半ば、飯南町上(かみ)赤(あか)名(な)の上赤名会館であった、地(ち)域(いき)のお年(とし)寄(よ)りのサロンに登場しました。黒い羽(は)織(おり)にちょうネクタイ姿(すがた)の沢田君は、上映開始を伝えるベルを「チーン」と鳴らすと、活弁士の顔に変わります。約40人を前に、殿(との)様(さま)やオオカミ、男(だん)性(せい)の太い声、女性の甲(かん)高い声と巧(たく)みに演じ分けながら、おもしろおかしく解説すると会場は笑いに包まれました。

 沢田君の解説には台本はありません。映像を見ながらその場で言葉を紡(つむ)ぎ出します。家で練習もしないのですが「日常(にちじょう)生活がネタのヒントになっています」と話します。例えば、お母さんが怒(おこ)っている様子を見て、「怒る時はこうするのか」と勉強しているそうです。

 活弁の魅(み)力(りょく)は、「自由にしゃべれること」。映像を通じて、当時の生活などが分かるのもおもしろいと言います。目標は、プロの活弁士として全国各地を飛び回る坂(さか)本(もと)頼(らい)光(こう)さん(41)=東京出身。「頼光さんのように、どこに行ってもおもしろいことがしゃべれるようになりたい」と教えてくれました。

プロフィル

【好きな教科】家庭科、算数
【好きなプロ野球選手】落合(おちあい)博満(ひろみつ)さん
【趣(しゅ)味(み)】料理、テレビゲーム