「男はつらいよ」シリーズの「寅次郎紅の花」のロケ中にくつろぐ渥美清さん=1995年、鹿児島県・加計呂麻島
「男はつらいよ」シリーズの「寅次郎紅の花」のロケ中にくつろぐ渥美清さん=1995年、鹿児島県・加計呂麻島

 昭和から平成初期を華やかに彩った国民的映画シリーズ『男はつらいよ』の主人公・寅さんはよく「それを言っちゃあおしまいよ」と言った。分かっていることをあえて口にされると立つ瀬がなくて困るという意を込めた▼演じた渥美清さんは1996年に死去し、インターネット時代を知らない。仮に交流サイト(SNS)の投稿欄を見れば「それを言っちゃあ…」だらけで、閉口するに違いない▼辛(つら)かろうと想像させられるのが、SNSでのアスリートへの誹謗(ひぼう)中傷。米大リーグでも投げた松坂大輔さんは引退会見で「たたかれたり非難されたりすることに最後は耐えられなかった」と語った。キャリア晩年は思うように投球できないもどかしさと、心ない投稿に苦しめられたようだ▼ネット時代前なら負け試合の後、球場近くの酒場で飛び交うような悪口が、今は生身の選手に届く。「やめろ」「給料泥棒」など手軽過ぎる罵詈(ばり)雑言、勝手な正義に基づく説教調まで種々ありそうで、突き詰めれば批判の大半が「それを言っちゃあ…」。言葉にする必要もなかろう▼寅さんのせりふに通じるのが、「空気を読めない」(KY)だ。平成の中ほど過ぎの流行語。こちらは場の空気を読めるが故に同調圧力に屈し、言うべきことを言わないことも問題とされた。沈黙と雄弁で態度は違えど、まずは洞察せよだ。結局、言ってしまえばおしまいよ、なのだから。(板)