旧暦でいえば、1月22日は元日。今年はなぜか年が明けた気がしなかったのに加え、早々にはやり病を得て床に伏したこともあり、個人的には今日を新年のスタートの日にしたい▼「一年の計は元旦にあり」という。そこで、心に留めておくため仕事机の引き出しにしのばせていた文章を引っ張り出してみた。日本各地を歩いた民俗学者宮本常一(1907~81年)著『庶民の発見』の一文。広島にいた石工の話だ▼チーンチーンと御影石にたがねを打ち込む音がする方に足が向いた常一が尋ねるとすぐ石工が語り始めた。「冬の川など泣くにも泣けぬつらさがあるが、いい仕事をしておくと楽しい。前に来たものが雑な仕事をしておくと、こちらもつい雑な仕事をする。そんな工事をすると、大雨のときは崩れはせぬかと夜も眠れぬ」▼「いい仕事をしておけば後から来るものもその気持ちを受け継いでくれる。ほめられればうれしいが、ほめられなくても自分の気の済むような仕事はしたい」とも▼常一は「自らに命令できる尊さを、この人たちは仕事を通して学び取っている。権威の前には素直だが、権力には屈しない。そうした人間的な生き方が、かたちある文化である」とまとめた。何度読んでも、石工の気持ちの良さに心が澄み渡る。物事や仕事に対する偽りのなさが文化の具象であれば、防げた人災や歯切れの悪い政治はなんの現れかと思う。(衣)