1950年、長崎県対馬の西海岸にある伊奈地区の話。日本各地を歩いた民俗学者・宮本常一(1907~81年)が地元の古文書を借りたいと老人に申し出ると、寄り合いにかけ、皆の意見を聞かねばならないという▼折しも寄り合いが開かれており、老人の息子が朝、古文書を持って会場へ出かけたが、午後3時を回っても帰ってこない。会場へ出向くと板間に20人。聞けば、村で取り決めをする際は、皆が納得いくまで何日も話し合うという▼昼夜を問わず、眠くなったり腹が減ったりしたら家へ帰る。古文書は朝に話題になったが結論が出ぬまま別の議論へ。皆が思い思いの意見や関連の体験談を話し、やがて一つの結論に収れんされる。どんな難題も3日で片が付いたという▼記録に残っていない宝のような伝説もたくさん出ただろう。こうした寄り合いは西日本の各地にあったと、宮本は著書『忘れられた日本人』に記す。強引な決着は、自治の致命傷になることを、住民たちは会得していたのだ。胸に染みるのは、国政の場では見られないやり切れなさからか▼21日に閉会した通常国会は、60年を超えた原発の運転を可能にする電気事業法の改正など重要法案が、五つの関連法をひとくくりにした「束ね法案」として審議された。不十分な審議時間で、多くの疑問に政府が納得できる回答をしないまま、成立したことを見過ごしてはならない。(衣)