東京・台場のフジテレビ(資料)
東京・台場のフジテレビ(資料)

 旧知の小説家さんから聞いた話がある。昭和の大ヒット時代劇『木枯し紋次郎』の原作者・笹沢左保さんが予告もなく姿を消した。後日、ひょっこり酒場に現れた笹沢さん。「休筆して飯場に入っていた」らしい。

 飯場は季節労働者の宿泊所で、文字通りご飯を食べて寝るだけの場所。売れっ子作家に不似合いだが「一日中肉体労働で、夕食を済ませばあとは寝るだけ。戻った時には減量でき、お金までもらえるんだぞ」と、締まった体でドヤ顔をしたという。

 木枯し紋次郎は、1972年にテレビ放送され、主演の中村敦夫さんが長い楊枝(ようじ)をくわえ「あっしにはかかわりのないことでござんす」が決め台詞(ぜりふ)。当時の子どもは「紋次郎ごっこ」に夢中になった。番組が成功した理由は関係者の熱量にあったようだ。

 監督の市川崑さんは「(ありきたりの)時代劇にせず、西部劇にする」と宣言。主題歌『だれかが風の中で』はフォークシンガー小室等さんの作曲、上條恒彦さんの歌で、こちらも大ヒットした。撮影所の倒産も乗り越えて放送にこぎつけた、という逸話もある。

 飯場健康法を味方に社会の隅に目を凝らした原作者。新時代を開こうと奮闘したテレビの現場。芸能人の機嫌を取る接待頼みの仕事とは心構えが違った。紋次郎を放送したのはフジテレビ。今テレビの未来を占うほどの改革が求められているが、自らの足跡の中に良き先輩たちがいる。(裕)