ホシザキを創業した坂本薫俊=ホシザキ提供
ホシザキを創業した坂本薫俊=ホシザキ提供
木次町名誉町民顕彰室に設置してある坂本薫俊顕彰コーナー=雲南市立木次図書館内
木次町名誉町民顕彰室に設置してある坂本薫俊顕彰コーナー=雲南市立木次図書館内
坂本 薫俊の歩み
坂本 薫俊の歩み
ホシザキを創業した坂本薫俊=ホシザキ提供 木次町名誉町民顕彰室に設置してある坂本薫俊顕彰コーナー=雲南市立木次図書館内 坂本 薫俊の歩み

雇用、自然 地域へ深い思い

 雲南(うんなん)市木次(きすき)町宇谷(うだに)に生まれた坂本(さかもと)薫俊(しげとし)(1910~2003年)は、ペンギンのロゴマークで知られる業務(ぎょうむ)用厨房(ちゅうぼう)機器トップメーカー「ホシザキ」(本社・愛知県豊明(とよあけ)市)を築(きず)いた経済人(けいざいじん)でした。

 薫俊は人一倍の頑張(がんば)り屋で、小学校を終えると村で一人か二人という旧制松江(きゅうせいまつえ)中学校(現在(げんざい)の松江北高)に進学。中流農家の長男は黙(だま)っていても農業を継(つ)ぐ時代でしたが、高等工業学校進学の夢(ゆめ)を持ち、向学心に燃(も)えていました。

 しかし、学資(がくし)がなく、古里に帰って1年間、仕事につきます。それでも進学の夢を捨(す)てきれず誰(だれ)にも内緒(ないしょ)で受験勉強し、念願(ねんがん)の神戸(こうべ)高等工業学校(神戸大学工学部の前身)に合格(ごうかく)しました。

 戦後まもない1947(昭和22)年、地名から命名した星崎(ほしざき)電機を名古屋市に設立(せつりつ)。ミシンや電気製品(せいひん)の部品製造(せいぞう)を担(にな)って、戦後の混乱(こんらん)期を乗り切りました。

 10年後に、国内で初めて噴水型(ふんすいがた)ジュース自動販売機(はんばいき)をヒットさせました。「将来(しょうらい)を独自(どくじ)の技術(ぎじゅつ)力で切り開く」という信念を持っており、このアイデアが現在のホシザキを築くきっかけになりました。

 また、自分が学資(がくし)の援助(えんじょ)を受けたことに感謝(かんしゃ)し、無条件(むじょうけん)で資金援助する「星崎奨学金制度(しょうがくきんせいど)」を創設(そうせつ)しました。優秀(ゆうしゅう)な人材育成に尽力(じんりょく)し、奨学生は延(の)べ566人にのぼります。

 さらに、古里への強い思いから1970(昭和45)年に木次町、79年には横田(よこた)町(現在の奥出雲(おくいずも)町)に工場進出。雲南地域(ちいき)の経済発展(はってん)と雇用(こよう)の拡大(かくだい)に貢献(こうけん)しています。

 1990(平成2)年には私財(しざい)を基金(ききん)としてホシザキグリーン財団(ざいだん)を設立。財団は県立宍道湖(しんじこ)自然館ゴビウス(出雲市)の管理運営(かんりうんえい)にあたるとともに、野生動植物の保護(ほご)や繁殖(はんしょく)できる環境(かんきょう)整備(せいび)に力を注いでいます。

 星崎電機はホシザキ電機を経(へ)て2016(平成28)年、現在のホシザキに社名変更(へんこう)。国内に17のグループ会社と約440の営業所、海外に33のグループ会社があり、全自動製氷機や業務用冷凍冷蔵庫(れいとうれいぞうこ)、食器洗浄機(せんじょうき)のメーカーとして知られています。今年は創業(そうぎょう)75周年の節目を迎(むか)えました。

 合併(がっぺい)前の木次町は、薫俊の地元への支援(しえん)に感謝し、功績(こうせき)を称(たた)えて1990(平成2)年、名誉(めいよ)町民(現在は雲南市名誉市民)の称号(しょうごう)を贈(おく)りました。