「バイオリンの父」とたたえられている鷲見三郎=孫の鷲見恵理子さん提供
「バイオリンの父」とたたえられている鷲見三郎=孫の鷲見恵理子さん提供
NHK教育テレビ番組「バイオリンのおけいこ」で受講者にバイオリンを教える鷲見三郎=1960年代。孫の鷲見恵理子さん提供
NHK教育テレビ番組「バイオリンのおけいこ」で受講者にバイオリンを教える鷲見三郎=1960年代。孫の鷲見恵理子さん提供
鷲見 三郎の歩み
鷲見 三郎の歩み
「バイオリンの父」とたたえられている鷲見三郎=孫の鷲見恵理子さん提供 NHK教育テレビ番組「バイオリンのおけいこ」で受講者にバイオリンを教える鷲見三郎=1960年代。孫の鷲見恵理子さん提供 鷲見 三郎の歩み

多くの演奏家育てた指導者

 鷲見(すみ)三郎(さぶろう)(1902~84年)は、多くの有名なバイオリニストを育てたバイオリン指導者(しどうしゃ)でした。日本のバイオリン教育の草分けで「バイオリンの父」とたたえられています。

 三郎は、米子(よなご)市尾高町(おだかまち)のお茶を販売(はんばい)する家に生まれました。地元の高等小学校を卒業後、家業を手伝いながら独学(どくがく)でバイオリンを学びます。鷲見家は音楽好きで、夜になると歌を歌ったり演奏(えんそう)したりして、にぎやかだったといいます。

 22歳(さい)の時、上京してバイオリンを専門家(せんもんか)に学びました。翌年(よくねん)、作曲家で指揮者(しきしゃ)の山田(やまだ)耕筰(こうさく)らが主宰(しゅさい)する日本交響楽(こうきょうがく)協会(現在(げんざい)のNHK交響楽団(がくだん)の前身)のバイオリン奏者になります。終戦後から27年間、東京の国立(くにたち)音楽大学で指導し、桐朋(とうほう)学園大学教授(きょうじゅ)にもなりました。

 国内だけでなく、フランスのロン・ティボー国際(こくさい)コンクールや、イタリアのパガニーニ国際コンクールでも、バイオリン部門の審査員(しんさいん)を務(つと)めました。

 国際音楽コンクールで入賞(にゅうしょう)した主な門下生に佐藤(さとう)陽子(ようこ)さん(71)、東京芸術(げいじゅつ)大学学長の澤(さわ)和樹(かずき)さん(66)ら、多くのバイオリニストがいます。

 佐藤さんについて、自伝(じでん)「ヴァイオリンひとすじに」(1983年発刊(はっかん))の中で「…イマジネーションに富(と)んだ、感動を与(あた)えるようなひき方をする人…」と、将来(しょうらい)への期待を書いています。

 孫(まご)の鷲見恵理子(えりこ)さん(45)もバイオリニストとして国内外で活動中。三郎の没後(ぼつご)記念の節目(ふしめ)などに、米子でたびたび演奏しています。

 地元有志(ゆうし)は2008(平成20)年、三郎の没後25周年を記念して顕彰(けんしょう)会を設立(せつりつ)。刊行(かんこう)会が、三郎の生涯(しょうがい)を分かりやすく紹介(しょうかい)した小説(しょうせつ)「夢(ゆめ)はヴァイオリンの調(しら)べ」(松本(まつもと)薫(かおる)さん著(ちょ))を発刊しました。

 また、2歳から三郎に指導を受けたバイオリニストの千住(せんじゅ)真理子(まりこ)さん(59)も、米子で恩師(おんし)に捧(ささ)げるコンサートを開くなど、多くの人が功績(こうせき)を伝える活動を続けています。

 日本音楽コンクールバイオリン部門の最優秀(ゆうしゅう)賞者に、三郎の遺志(いし)で鷲見賞が設(もう)けられており、バイオリン演奏家を目指す人たちの目標や励(はげ)みになっています。